なんなんさま ほりお (-人-)合掌 › お釈迦様の花
2011年08月01日
お釈迦様の花
前回、蓮の花を見に行って来た時は
まだ、蕾状態だったので
またまた、見に行ってきました
蓮の花が満開でした
蓮の花は泥水が濃ければ濃いほど、蓮の花は大輪の花を咲かせます。
泥水とは人生におきかえれば、つらいこと、悲しいこと、大変なことです。
ほとんど泥水ではなく、真水に近いようなきれいな水である場合、
蓮の花は本当に小さな花しか咲かせません。
大輪の花を咲かせるためには、ものすごく汚い泥水が必要です。
蓮の花は泥水の中からしか立ち上がってこないそうです
と前日記に書きましたがこの後には続きがあるのです
★ お釈迦さまは うつくしい花を咲かせるためには泥は必要であるということを
伝えたかったようです。私たちはいろいろな悲しみ・つらさ・大変なことを経験しない限り悟ることはできないという教えです。そんな苦難なときが来たら、
「ああ、この結果として私は大きな悟りに、美しい世界に導かれていくのだな」
と思うことが大切です。そう思えれば自分自身にとってものすごく嬉しく楽しく、幸せで素晴らしいこと、そして、有難いことだと気が付いてきます。
悲しい・つらいことを否定せず、悟るために必要なものとして受け止めると、この経験が心を豊かにして、いつでも幸せを感じ取る事が出来ます。
人の悲しみや苦労も解る『豊かな心』になります。
「心が豊かな人は、いつでも幸せです」
大輪の美しい蓮の花を咲かせるように、心豊かな人を目指して行きたいものです
まだ、蕾状態だったので
またまた、見に行ってきました
蓮の花が満開でした
蓮の花は泥水が濃ければ濃いほど、蓮の花は大輪の花を咲かせます。
泥水とは人生におきかえれば、つらいこと、悲しいこと、大変なことです。
ほとんど泥水ではなく、真水に近いようなきれいな水である場合、
蓮の花は本当に小さな花しか咲かせません。
大輪の花を咲かせるためには、ものすごく汚い泥水が必要です。
蓮の花は泥水の中からしか立ち上がってこないそうです
と前日記に書きましたがこの後には続きがあるのです
★ お釈迦さまは うつくしい花を咲かせるためには泥は必要であるということを
伝えたかったようです。私たちはいろいろな悲しみ・つらさ・大変なことを経験しない限り悟ることはできないという教えです。そんな苦難なときが来たら、
「ああ、この結果として私は大きな悟りに、美しい世界に導かれていくのだな」
と思うことが大切です。そう思えれば自分自身にとってものすごく嬉しく楽しく、幸せで素晴らしいこと、そして、有難いことだと気が付いてきます。
悲しい・つらいことを否定せず、悟るために必要なものとして受け止めると、この経験が心を豊かにして、いつでも幸せを感じ取る事が出来ます。
人の悲しみや苦労も解る『豊かな心』になります。
「心が豊かな人は、いつでも幸せです」
大輪の美しい蓮の花を咲かせるように、心豊かな人を目指して行きたいものです
スポンサーリンク
Posted by 一休さん at 13:42│Comments(0)